長嶋さんが店主を務めるムーンライト・ブックストア(MOONLIGHT BOOKSTORE)は、JR総武線・西千葉駅北口すぐの千葉大学キャンパスの傍らに位置します。付近には女優の桐谷美玲さんやタレントの小島瑠璃子さんも通っていた県内有数の進学校として知られる県立千葉東高校もあって一帯は文教地区特有の落ち着いた雰囲気に包まれています。
三重県桑名市に隣接する東員町で生まれ育った長嶋さんが、故郷を離れて縁もゆかりもなかった千葉に古書店を構えることになったそもそもの始まりは大学進学でした。
「高校時代に国語の授業で先生が荘子のテキストを読んでくれたことがありました。プロフィールに中国の思想家、哲学者と書いてあって、へー哲学って面白そうだな」
と興味を抱くようになり、哲学を学べる大学を探した末に千葉大学に辿り着いたのです。
「親にはそんな飯のタネにもならないような学問を何でするんだと猛反対されましたが、哲学を今学ばなければ一生、後悔すると思って両親を説き伏せました」
無事に大学に入学した後は念願だった哲学の勉強に励みつつ、千葉での新たな生活を謳歌する日々を過ごしました。
「音楽が好きだったので、タワーレコードやディスク・ユニオンでマイナーなミュージシャンのアルバムを探したり……LOOK(千葉の老舗ライブハウス)で演奏するミュージシャンのCDを店員さんにすすめられるがままに聞きあさったりしていましたね」
さらに大学院に進んでからは、古書店通いが長嶋さんの日々に彩りを添えることになります。
「知り合いだった飲み屋の人から、『今度、古書店と一緒にイベントをするので、よかったら宣伝文を考えてくれないか』と頼まれたんです」
コピーライティングにも関心をもっていた長嶋さんは二つ返事で依頼を引き受けました。
「その古書店のオーナーの方は本業が編集とライターで、古本業は副業的な感じでやっていました」
サブカルに詳しく人当たりのよいオーナーに魅力を感じて、長嶋さんはその古書店に頻繁に足を運ぶようになりました。コーヒーも提供されていた店内で、本を買わずにオーナーとコーヒーカップを片手に時間を忘れて談笑し続けることもあったそうです。
院で修士号を取得した後、長嶋さんは千葉を離れ神奈川県のWeb会社に就職し、広報やサイト制作の業務に携わりました。数年ほど働いた頃に「やはり好きな本にかかわる仕事をしたい」と会社をやめ、東京・代官山の蔦屋書店でアルバイトを始めました。
「店では旅行コーナーの棚を一つ任せられました。エリアにゆかりのある作家の著書なども置いていいと言われたので、ガイドブックだけでなくいろいろな本を仕入れさせてもらいました」
一方、大学を離れた後も、学生時代に通い詰めていた古書店とのつながりは続いていました。
「店では、哲学的なテーマについて語り合う哲学カフェが時々、開かれていました。そうした催しに参加したりしていましたね」
そんなあるとき、長嶋さんの人生にとって大きな転機となる出来事が起ります。「『店舗の賃貸契約がもうすぐ切れるのだが、契約を更新せずに店をたたもうと考えている』という話をオーナーから聞かされたんです」
本に関わりながら生きていくことを望んでいた長嶋さんが「それなら自分にやらせてください」と申し出たところ、オーナーは快諾してくれました。
「いつか古本屋を開けたらという思いは抱いていました。といっても定年後にでもかなえられたらという漠然としたものだったのですが」
こうして何の準備もなくいきなり古書店の店主になった長嶋さんでしたが、始めるにあたって先々への不安は全くなかったといいます。
「僕は本を読むのが好きだったので、本なんて座っていればバンバン売れるだろうという甘い考えをもっていました。前の店主も楽しそうにやっていましたし」。しかし、いざ店を引き継いでみると、一筋縄では行かない厳しい現実に直面することになりました。「初めの頃は、何でこんなに売れないんだと毎日悩まされました。古書店での修業経験がなかったため買取りの相場もわからず高く買いすぎて後悔したり、また売れない本をどう処分すればよいのかにも思い悩みました」
そうした苦しい状況を少しでも改善しようと、長嶋さんは試行錯誤を繰り返します。中でも有益だった取り組みが、地元のマルシェなどで店を出すイベント出店と千葉古書組合への加盟でした。
「イベント出店は地域の人に顔が売れるので買取りが増える効果がありました。また、組合は知人に組合員の方がいて熱心に誘ってくださったから加入したのですが、もっと早く入ればよかったと本当に思いましたね。それまでは処分に困り廃棄していた本も組合の市場で売れるようになりましたし、また、買取りの相場観も自然と身に付いていきました。古書店で修業をしたことがなかったために知らなかった古本業のイロハを、先輩組合員の方々が懇切丁寧に教えてくれたことも大変ありがたかったです」
長嶋さんが古書店を始めてから10年近くが経ちました。その間、千葉の古書店は1店また1店とひたすら数を減らし続けていきました。ムーンライトブックストアは今や県内、とりわけ千葉市内の多くの古書ファンにとってなくてはならない場所となっています。
「このエリアでは古書店はうちだけになってしまったので、できるだけ全てのジャンルを取り揃えて置き続けていきたいと思っています。それから読書好きの方々が集まって楽しく話し合える店にしたいですね。本が見つかるだけでなく読書仲間に巡り会える店に。さらに、地元の子供たちに日々の読書習慣を根付かせる活動もできればと思っています。そこまでの時間があるか、何年後になるかはわかりませんが」
ムーンライト・ブックストア
所在地
千葉県千葉市中央区松波2-19-11 高山ビル1F
JR西千葉駅より徒歩5~7分
URL
https://moonlightbookstore.net/access
以下でネット販売も行っている。
日本の古本屋
https://www.kosho.or.jp/abouts/?id=17001370
Message from The Owner
これから古本屋を始めたい人へ
「儲かるとは言えませんが、1人や2人なら食べていけるでしょう。ただ、覚悟は必要です。なので、やりたいという人がいても簡単にはお勧めしません。それから開業したら、古書組合にはすぐに入った方がいいです。店を始める前に他の古書店で修業をしなかったこと、組合にすぐ入らなかったことは失敗だったと思っているので」
お客さんへ
「ぜひ気軽に店にいらしてください。臨時で休みを取ることもありますが、基本的に定休日は水曜日だけです。また、出張買取りも行っています。千葉市内であれば段ボール2、3箱からご自宅にうかがいます」